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教員はリスクを考えるな [問題提起]

最近ある方々と飲みに行く機会があった。話がなぜか「仕事」の話になった。とりわけ取り上げられたのが教員である。基本的に国公立の学校を前提に話を進めたので教員=公務員と考えてもらいたい。公務員のメリットとしては一般企業のようなリストラはないので社会情勢に関係なくある程度は安定している。給料も大幅にカットされることも少ない。国家財政や地方財政の状況に応じて減額されることもあるが、一般企業のようにデフレや企業利益減益といった理由ではあまり影響されないだろう。デメリットとしては逆に企業収益が大幅に上がったとしても基本的には給料は上がらない。能力に応じて大胆な評価も昇進もない。端的に言うとお金持ちには決してなれない。

私はかつて教員を目指していた。教育こそ自分の使命だと感じていた。正直それは変わらない。だが、公務員になることには納得がいかなかった。そしてどんなに成果を出してもさほど評価されないことにも納得できない。そういった理由で私は公務員である教員を目指すことをやめた。私が教育に携わってしたかったことは国語や算数のような科目に生徒が興味をもってもらえるような授業をすることではない。子供たちの可能性を引き出すきっかけを作ってあげたいだけだ。そういった点でも教員とは無駄な仕事が多すぎる。私はそのためには部活動の顧問は生徒とのきっかけを作り何かしらの可能性を生むこともあると思うが、最近の教員は部活動の顧問は教員の仕事ではないと言い始めた。もう目指すものが教員ではないと感じ始めた。

話を戻すが、ある知り合いAは教員を目指している。そこで保護者対応の話題になった。私は保護者に思ったことを遠慮せずに言うべきと主張した。本当に保護者の考えが間違っているのであれば本音を隠す理由が全くない上、言ったからといって教員と生徒との教育関係には影響はでないからだ。しかしAはそれには反対気味だった。おそらく保護者に嫌われたり他の教員から何か言われたり、最悪責任問題になり自分が辞職するリスクが怖いのだ。また一度教員を辞職や解雇になったら次にどう職を探すのかが不安だそうだ。履歴にそれが残るのも気にしていた。

それを聞いて公務員脳100%だなと思った。Aのような人は「教員」になりたいのではなく、「公務員」になりたいのだ。まず教員とは教育に携わる人、生徒の成長のために努力をする立場だと自負している。なので保護者の考えが生徒のためになっていないのであれば教員は保護者と戦わなければいならない。それで職を失うリスクを考える時点で自分のためになっている。教員失格だ。自分の立場も守りたいが、教育に携わりたいという人は教員以外で教育に携わる仕事を探せばいい。それが社会にとっても生徒にとっても最善の選択だ。

もし私が教員になって保護者と対立してその責任をとれと言われたら何も考えることなく辞職する。職を失うことになるが、別に他の職を探そうと思えば見つけれる自信がある。履歴書にその記録が残るからなんだ。もし面接で聞かれたら正直にその理由を言えばいい。間違ってないと自分で思っているのなら。そもそもそんなこともできない人に教育の責任を負えるとは思えない。そんな教員は生徒に何を伝えるのだろうか。仕事を失うリスクを伝えてそれこそ、本音と建て前を使い分けろとか言うのだろうか。他に再就職できないような人が生徒の進路相談で何を話すのだろうか。私は教員を目指す90%ほどは教員を目指すべきではないと思っている。本当に公務員がいいだけであれば教員にはならないでほしい。生徒の将来に関与しないでほしい。
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